授業力をみがく
水田の水が透明なのは,水がきれいなよい環境?�A
水田の水が透明なのは,水がきれいなよい環境? −身近な水田から始める,生態系と対照実験の授業の提案−
桃山学院大学人間教育学部 特任教授 川真田 早苗
前回は,畦をはさんで隣り合う二枚の水田を見比べ,濁った水田のほうがむしろ生き物がゆたかであることを見てきました。透明な水は,きれいなのか。いちど「透明できれいな水はよい環境」という先入観を外して足元の風景を見直すと,見なれたはずの水田が,まるで違って見えてきます。この見方が変わっていくところにこそ,おどろきと楽しさがあります。話は,まだ終わりません。
■光合成という思わぬ伏線
数週間後に同じ水田を訪ねると,もっと不思議なことが起きていました。透明だった水田は,除草の効果が過ぎたのか,稲の株間に雑草が生えていました(図5)。一方で,濁っていた水田は,除草剤を使用していないにもかかわらずほとんど雑草がないのです(図6)。
生徒に考えさせてみてください。手がかりは,すでに学んでいます。光合成には日光が必要であること,そして,濁った水は光を通しにくいことです。水田の濁り水の深さは水底まで浅いところで十センチ近くあります。泥の表面で雑草の種が発芽しても,そこに光は届きません。芽は葉を伸ばそうとしても成長できず,枯れていきます。カイエビやカブトエビの水田の底の攪拌が日光を遮り,除草剤の代わりをしているようにも見えます。
農薬を使わない水田のほうが雑草に悩まされるという考えがここでひっくり返ります。
除草剤を使うことは,農作業を省力化するための合理的で,ごく一般的な工夫です。ここで見えてくるのは,どちらの管理がよいという優劣ではなく,管理のしかたが違えば,同じ水田でもくらす生き物の顔ぶれや多様性に違いが生まれる,という事実です。

図5 透明な水田(光が届き雑草が繁茂)

図6 濁った水田(光が遮られ雑草が生えない)
■中学校の授業でどう取り扱えるか
この教材は,中学校理科の三つの場面で取り扱えると考えます。
第一に,第二分野「生物と環境」「自然環境の保全」の導入です。生態系のバランスという抽象語を教える前に,この二枚の写真を出します。生き物が環境をつくり変えるという事実を,具体物で捉えさせることができます。
第二に,対照実験の理解です。この二枚の水田は,自然が用意した対照実験のように見えます。しかし本当にそうでしょうか。除草剤の有無以外に,土質,水温,日当たり,水の入れ方など,違う条件はいくらでもあります。「カイエビがいるから雑草が生えない」と結論してよいか。ここは,条件制御を本気で議論させる絶好の場面です。実際,透明な水槽と濁らせた水槽に種をまく,という検証実験を生徒に計画させることができます。
第三に,考え方の転換そのものです。生徒は「水が透明なのは,水がきれいなよい環境」という考え方をもっています。その考え方が,観察事実によって静かに崩れます。これは,理科の授業だからできることです。
【授業のヒント】
・水田は水深が浅く水流も弱いため,川や池より安全に観察できます。地域によって異なりますが,おおむね水田に水を張る時期は5月上旬から7月上旬です。
・観察前に水田の持ち主に許可を取り,除草剤の使用について話を聞かせてもらいます。生徒が農家に直接たずねる場面が,最も学びの深い時間になります。
・透明な水田と濁った水田を,同じ日に両方見せることが要です。片方だけでは驚きが生まれません。
・カイエビの卵は耐久卵です。乾いた田の土を持ち帰り,水を張ると教室で孵化させられます。

図7 ホウネンエビの卵(左)とカイエビの卵(右)
■足元にある教材
カイエビは,恐竜が生きていた白亜紀に大繁栄した甲殻類です。現代まで形を変えておらず,今は水田という人工の湿地に生き延びています。地層には,いまと変わらぬ姿のカイエビが残されています(図8)。

図8 地層に残されたカイエビの化石(白亜紀)
環境教育というと,遠い国の森林や氷河の話になりがちです。しかし生徒を動かすのは,自分が毎日通学路で見ている風景が,実は自分の思っていたものと違ったという経験ではないでしょうか。「透明な水はきれいでよい環境」という先入観をいったん外して足元の水田を見直すと,これまでとは違う風景が見えてきます。見なれたものが違って見えてくるおどろきや楽しさこそ,生徒を科学へといざなう入り口になるはずです。透明な水は,きれいなのか。その問いは,学校のすぐ隣にあります。
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川真田 早苗(かわまた さなえ) 博士(学校教育学)
1964年生まれ
小学校教諭として34年間徳島県の公立中学校に勤務
1986年 徳島学大学教育学部 小学校教員養成課程卒業
2018年 兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科 教科教育実践学専攻(博士後期)課程修了
現 職 桃山学院大学人間教育学部 特任教授
趣 味 砕石ガーデンでも花畑ができるかなと思い立ち庭いじりが趣味となりました。砕石を敷いた庭に,前年度に収穫した数種類の種子を適当に蒔き,砕石の間からどんな種子が発芽するのかをわくわくしながら観察しています。今は,スイートピーが花盛りです。
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