授業力をみがく
もしも、地球上すべての猫の重さを足したら?
大垣女子短期大学 幼児教育学科 講師 岡本 英通
「地球上のすべての猫の体重を合わせたら、何キロになると思う?」――授業でこんな問いを投げかけると、生徒たちは一瞬きょとんとし、そのあと一斉にざわつきはじめます。「世界に猫って何匹いるの?」「1匹って何キロ?」「そもそもどうやって数えるの?」。この問いに正解はありません。しかし、それこそがフェルミ推定の魅力です。
フェルミ推定とは、限られた情報や自らの経験をもとに、論理的におよその数を導き出す思考法です。名前は、物理学者エンリコ・フェルミに由来します。例えば「1匹の猫の平均体重は4kgとして、世界に飼い猫が6億匹、野良猫が同じくらいいるとすれば……」というように、仮定を置いて少しずつ見積もっていきます。計算が進むにつれて、「ざっくりでも、なんかリアルな数になってきたぞ」と、自然と思考が深まります。グループで活動するのであれば、仲間と一緒に考えることで、思いもよらないアイデアが飛び交い、対話も深まっていきます。
このような活動は、中学生にとって極めて有意義です。まず、単なる計算問題とは違い、考える過程そのものに価値があります。問いに対して情報を分解し、何が必要かを考え、仮定を置いて、自分なりの解を導く。そのプロセスは、論理的思考力や創造性を育むのにつながります。正解を当てることよりも、「なぜそう考えたか」「どんな前提を置いたか」が重要になるため、生徒一人ひとりの思考が尊重され、意欲や自己肯定感も高まります。
さらに、この「猫の体重」問題のように、身近で少しユーモラスな問いを使うことで、生徒たちは興味をくすぐられます。数学の少しだけ生まれた余裕のある時間に、こうした問題を出すことで「数学は役に立つけど、つまらない」というイメージを打ち破り、「数学ってこんなに自由で面白いんだ」と感じられる体験になるのです。もちろん「猫の体重」問題では、四則演算で済んでしまうかもしれません。しかし、現実世界の問題を算数・数学の考え方で解決できたという経験が子どもにとって重要なのです。
また、フェルミ推定は教科横断的な学びにもつなげやすいのが特徴です。「猫の体重」問題で考えるならば、動物の生態(理科)、世界の人口や国別の飼育状況(社会)、情報の信頼性(国語・情報)など、探究的な学びと相性がよく、探究学習や総合的な学習の時間でも応用できます。
正解のない問いだからこそ、あらゆる答えに意味がある。それがフェルミ推定の世界です。中学校という「考える力を育てる場」で、このような問いかけがもっと広がれば、学びはもっと面白く、もっと深くなるでしょう。さあ、あなたなら、地球上のすべての猫の体重をどう見積もりますか?
なお、フェルミ推定を授業でどのように活用し、どんな評価ができるのかに興味のある方には、私も共著で関わった書籍『創造的思考力を高める授業づくり―フェルミ推定による探究活動と評価―』(現代数学社)をご紹介します。授業のヒントや実践例が豊富に掲載されており、探究的な学びを授業に取り入れたいと考える先生方におすすめです。
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岡本 英通(おかもと ひでみち)
1993年生まれ
岐阜県内の公立小・中学校(数学科)を通算で4年間、教諭として勤務
2018年 岐阜大学大学院 教育学研究科総合教科教育専攻 サイエンスコース 数学(修士課程)修了
2023年 カールスルーエ教育大学(原文: Padagogische Hochschule Karlsruhe, ドイツ) 自然社会科学数学科後期課程修了
2023年 博士(哲学)カールスルーエ教育大学
現 職 学校法人大垣総合学園 大垣女子短期大学幼児教育学科 講師
専 攻 数学教育学,創造性・創造的思考,遠隔協働学習
※Padagogische Hochschule Karlsruheの“Padagogische”のはじめのaは上部に‥がついたもの。文字化けを避けるためこの表記にしております。
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