中学生エデュフル

授業力をみがく

記憶力について

その他 全学年 2025/8/26

大垣女子短期大学 幼児教育学科 講師 岡本 英通


 「人間は、チンパンジーの子どもに記憶力で勝つことが難しい。」と言われたら「本当に?」と疑問に思うのではないでしょうか。
 1つ実験をしましょう。この文章を見ている方もぜひ参加してください。この文章を読みながら、思い出してみましょう。

 「あなたのスマートフォンの一番初めのホーム画面を思い出してください。そこにはいくつかのアプリが並んでいるかと思います。では、その画面の一番右上のアプリケーションの名前を言えますか?」

 どうでしょうか? 毎日スマホを見ていますよね? しかし、なかなか思い出せないのです。もしも覚えていたら、素晴らしい記憶力です!
 では、

「その画面のすべてのアイコンの位置もわかりますか?」

 こうなると、ほとんどお手上げでしょう。私も、もちろん無理です。しかしチンパンジーの子どもはできます。パッと一瞬見ただけで、複数のアイコンや数字の位置を記憶できるのです。

 京都大学には、ヒト行動進化研究センター(旧:京都大学霊長類研究所)という機関があり、そこではチンパンジーなどの霊長類が研究されています。2007年に報道された京都大学霊長類研究所の研究では、チンパンジーの子どもがヒトの大人よりも優れた瞬間記憶力を持つことが示唆されました。この研究では、数字を一瞬だけ表示し、その後、隠された状態で正しい順序でタッチする課題において、チンパンジーの子どもが高い正解率を示しました。特にアユムという個体は、数字の表示時間が0.21秒と非常に短くても約8割の正解率を維持し、10秒間の遅延後でも記憶を保持していました。逆に人間の正答率は約4割であったと報告されています。

参考リンク:京都大学新聞

 その後の研究では、チンパンジーが一度見た出来事を長期的に記憶していることも明らかになっています。2015年の研究では、チンパンジーとボノボに一度だけ見せた動画の内容を24時間後に再度提示した際、彼らが出来事を予測するような視線の動きを示し、長期記憶の存在が示唆されました。

参考リンク:京都大学

 誰しもが「記憶力」を高めたいと一度は思うのではないでしょうか。かく言う私もその一人です。一度見ただけで記憶し、それを長期間保持することができるチンパンジーの力があれば、あのテストで余裕の満点をとれただろうに、と学生時代を思い出します。
 一方で、人間でも尋常ならざる記憶力の持ち主がいます。そうした方々は、メモリーオリンピックなるものに出場する人物たちを見るとわかりやすいです。メモリーオリンピックは別名「世界記憶選手権(World Memory Championships)」と呼ばれ、その種目内容は10種目あります。例えば、ランダムな数字を1時間でどれだけ記憶できるかという種目がありますが、北朝鮮のリュ・ソンイ(Ryu Song I)氏が2019年の世界記憶選手権で達成した4,620桁が、ギネス世界記録として公式に認定されているようです。皆さんも円周率をできるだけ長く記憶しようとした経験があるかもしれません。ですが、どれだけ頑張っても4,620桁は難しいでしょう……。
 こうした記憶力について、「ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由(エクスナレッジ社)」という書籍に実体験をもとにして語っているものがあります。気になる方はぜひ手にとってみていただきたいですが、ものすごく乱暴に要約すれば、記憶の仕方を学べば誰でも記憶力を伸ばせるといった本です。こういう本を読んでいると、記憶と関わりがあるのは「脳」というイメージがありますが、近年、脳以外の器官も記憶力に影響を及ぼす可能性が示唆されているようです。例えば、腸の中の腸内細菌が海馬の神経幹細胞の増殖を促進し、記憶や学習能力の向上に寄与することが発見されています。

参考リンク:日本生化学会

 逆に腸内細菌のバランスが悪いと集中力やワーキングメモリーという力が落ちてしまうことが示されてもいます。
 現在、技術発展により、記憶力が高くなくてもそれをサポートしてくれるものがたくさんあります。また、「たくさん知識があり覚えている」という人よりも「知識をうまく活用できる」という人の方が求められているとも言えるでしょう。だからと言って、記憶力が低く知識が少なくてもいいのかと言われると、そうとも言い切れません。学習指導要領にもあるように、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の3つの柱をバランスよく育むことが大切だと思います。そうした意味では、知識という点で考えれば記憶力はとても重要な因子の1つですね。
 そんなことを言いながら、私は3日前の夕食が思い出せません……。


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岡本 英通(おかもと ひでみち)
1993年生まれ
岐阜県内の公立小・中学校(数学科)を通算で4年間、教諭として勤務
2018年 岐阜大学大学院 教育学研究科総合教科教育専攻 サイエンスコース 数学(修士課程)修了
2023年 カールスルーエ教育大学(原文: Padagogische Hochschule Karlsruhe, ドイツ) 自然社会科学数学科後期課程修了
2023年 博士(哲学)カールスルーエ教育大学
現 職 学校法人大垣総合学園 大垣女子短期大学幼児教育学科 講師
専 攻 数学教育学,創造性・創造的思考,遠隔協働学習


※Padagogische Hochschule Karlsruheの“Padagogische”のはじめのaは上部に‥がついたもの。文字化けを避けるためこの表記にしております。

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