中学生エデュフル

授業力をみがく

アナログとデジタルの使い分け

英語 全学年 2020/9/15

関西大学/大学院 教授 田尻悟郎


 文部科学省国際教育課のサイトで挙げられている英語教育におけるICTの活用の利点を、「理解」→「暗記」→「応用・発展」という段階別に分けてみると、以下のようになると考えられます。

(1) 「理解」
 a) 挿絵や写真等を拡大・縮小、画面への書き込み等を活用して分かりやすく説明することにより、子供たちの興味・関心を高めることが可能
 b) Native音声による教材
 c) 担任が電子黒板にテキストを拡大して活動のやり方を説明
 d) 学習者用デジタル教科書・教材を使ってネイティブの英語の発音の様子を映像で観察
 e) 波形表示機能を使って自分の発音との違いを比較することにより、発音練習に意欲的に取り組む

(2) 「暗記」
 a) 自分に合った進度で学習する
 b) 担任が電子黒板を使ってゲーム
 c) 個別にデジタル教材を使ってセリフを学習
 d) ロールプレイングで簡単な会話を行う

(3) 「応用」
 a) 担任が電子黒板を使ってゲーム
 b) 自分に合った進度で学習する

(4) 「発展」
 a) 自らの疑問について深く調べて英語でまとめる
 b) タブレットPCや電子黒板等を活用し、教室内の授業や他地域・海外の学校との交流学習において子供同士による意見交換、発表などでお互いを高めあう
 c) グループごとに日本文化について発表資料をまとめ、英語で紹介することを通じて、主体的に情報を収集・発信する能力と英語によるコミュニケーション能力を育成する  

 「発展」は統合的な活動であり、「発表」と「やりとり」の力が求められる活動ですし、準備等に時間がかかることから、その部分を手厚く実施しておられる学校はそれほど多くはないと思われます。となると、ICTはもっぱら「理解」「暗記」「応用」の部分で使われていると考えられます。私が見た授業では、ICTを使うことでTeacher-centeredな授業になってしまったり、紙の教科書やフラッシュカードを使ったりする方が効果的ではないかと思う場面も多々ありました。ICTは確かに便利で有効なのですが、個々の学習時間を確保するという観点を常に意識していなければならないと思います。

 先日見た授業では、教科書本文のテーマに沿ってオンラインで写真や動画を集め、それらを使って目標表現の活動を行ったり、教科書本文にプラスαの情報を与えたりしようとされていましたが、ほとんどの時間、先生の声しか聞こえず、Listeningだけの活動になっていました。教科書本文を先生がOral Introductionし、後に映像や写真を見せながらrewordingするなどしてさらに理解を深め、それらの動画や写真を使って生徒がたっぷり練習してStory Retellingにつなげるなどされたら、ICT教材が効果的に使われていたと言えると思います。

 今後、AIの発達により、「理解」の部分はますます強化されるでしょうから、その部分での教師の仕事は減ってくると思われますが、私が知る限り「暗記」と「応用」のICT教材はまだ充実しているとは言えません。いずれ出版社や大学などが良質なICT教材を提供してくれると思いますが、そうなると教師は一人ひとりの生徒がどれぐらい練習できているか、どれぐらい理解し習得し始めているかを確認し、できていない生徒には適切なアドバイスを与え、できるようになるまで支援するという、ICTと人間との棲み分けがはっきりしてくると思われます。

 発音の波形を見て自分の発音を矯正できる生徒などいません。ICTからはベクトルが出ますが、それを受けての生徒から出されるベクトルは、ICTよりも人間の方がうまく受け取り、処理することができます。個々の生徒が習得できないことを見極め、できるようになるための個別の指導法を考えた時、教師は苦悩し、学習し、トライアンドエラーを始めて教師としての知識・技能を身につけていきます。そして、生徒ができるようになるまでつきあった先生は、できるようになった感動を生徒と共有するのです。

 ICTの発達は、授業のあり方を変えます。「指導技術」「生徒掌握」「時間管理」という3つの大きな柱のうち、「指導技術」はICTが貢献できますが、生徒の心をつかみ、どの生徒もできるようになるために必要な時間の管理は、我々生身の教員の次代の研究テーマになると思われます。


------------------------------------------------------------

田尻悟郎先生
1981年 島根大学教育学部中学校教員養成課程英語科卒業
1981年4月〜 神戸市・島根県の中学校に勤務
2001年10月 (財)語学教育研究所よりパーマー賞受賞
2003年〜 英語教員指導力向上研修講師
2007年〜 関西大学 外国語教育研究機構 教授
2009年〜 関西大学 外国語学部 教授
     関西大学中等部・高等部 校長を兼任
     (2017年4月〜2019年3月)
著書多数,テレビなど多方面で活躍中。

アンケート

よろしければ記事についてのご意見をお聞かせください。
Q1またはQ3のいずれか一方はご入力ください。

Q1:この記事は授業準備のお役に立ちましたか。
Q2:この記事の詳しさは適切でしたか。
Q3:その他、ご意見・ご感想をお聞かせください。

全角で512字まで入力できます。