授業力をみがく
恋愛と標本調査
大垣女子短期大学 幼児教育学科 講師 岡本 英通
中学生という思春期の多感な時期に恋愛の話をすると、恥ずかしくて聞いていないふりをする子もいれば、逆に興味津々で聞く子もいるでしょう。気になるあの子は今だれかと付き合っているのか? 自分のクラスに付き合っている人がどのくらいいるのか? 私も中学生時代にそんなことを考えて過ごすこともありました。
私はそんな時代を経て数学教師となり、その考えを「数学で解決することができるではないか!」と、中学3年生の「標本調査」の授業準備中にひらめきました。思い切って、標本調査の授業のまとめの時間に1つ課題をつくり、クラスでその課題を解決しようと決めました。その課題とは「私たちの中学校に付き合っている生徒は何人いるのか推定しよう。」です。この課題を黒板に書いたとき、いつもは眠そうにしていた生徒も目を見開いて前のめりの姿勢になっていました。
さて、この授業を行うまでに、「標本調査」の基礎知識は生徒が学習済みです。まず生徒にはこの課題を解決するために調査方法が2つあることを確認しました。調べたい対象すべてを調査する「全数調査」か、全体から一部の標本を取り出して調査する「標本調査」の2つです。ここで、調査の方法も復習できます。そして、どちらの調査で今回の課題を解決するかを生徒に問いかけました。
私がいた中学校は全校生徒600人程度の学校です。生徒たちは「全数調査は大変すぎるから標本調査だ」と言いました。そこで私は「じゃあ、標本調査にするなら標本を取り出す必要があるね。他のクラスは授業中だけれど、どうする?」と問いかけました。「じゃあ、このクラスを標本にする!」と、ある元気な生徒が声をあげました。勘のいい生徒は標本調査をすると言った段階で気づいていましたが、この生徒のおかげで「クラスで付き合っている生徒は何人いるのか」という調査がスタートしたのです。
生徒たちにそれを調べさせると収拾がつかなくなることを予想していたため、私が調査することにしました。このとき、生徒と約束したのは、「ここで調査して知ったことは絶対に漏らさない」ということです。また、調査する際もみんなに顔を伏せてもらい、右手を全員挙げさせ、付き合っている人はパーで、付き合っていない人はグーで意志表示をしてもらいました。
そして調査の結果、40人中1人が付き合っていました。結果報告をしたとき、驚いている子もいれば、私は知っていたと満足そうな顔をしている子もいました。そして、この結果をもとに、本来の課題である「学校全体の付き合っている人数」を推定するため、計算を始めました。前述したように、私のいた中学校は約600人在籍しています。そこで、ある生徒が以下のような比例式をつくり計算をしました。
40:1=600:x
数学的には何の問題もありません。その生徒は、立式の理由も間違えず説明できました。他の生徒も、その考えに納得しました。
計算すると答えは15人。この結果を受けて課題解決となるかと思いきや、生徒の中で議論が始まりました。
「15人って少なすぎないか?」「もしかしたら、このクラスは付き合っている人がものすごく少ない偏った標本だったのかも」と標本を取り出す際に重要な「偏りなく無作為に抽出する」という既習事項を思い出し、先ほどの結果に対して批判的な思考をしていました。また、「そもそも15って奇数になったらだめじゃない?」と言う生徒も出てきました。「カップルなんだから偶数じゃないと……誰かが二股をかけているかも」と解の吟味(?)もしていました。それに対し「15人のうち1人は他校のだれかと付き合っているんじゃないか」と返す生徒もいました。
授業計画をしている段階では、少しでも生徒の日常に近い内容を数学で解決できたら、数学のよさを伝えられるのではないかと考えていた程度でした。しかし、ふたを開けてみたら、いつもは議論に参加しない生徒まで参加し、数学的で批判的な思考であふれる意味のある時間になっていました。
最後に、もしもっとよりよい推定をするならどうするのかを全員で考えました。その中には「誤差を減らすために標本を増やす」や「600人くらいなら全数調査する」など、既習事項をもとにしながら今回の結果をよりよくする方法を出していました。
ちなみにですが、今更ながら、この授業を成立させるには、生徒との信頼関係がなければ成り立たないと思います。また、そうした私的な内容はセンシティブなものでもあるので、気をつけなくてはいけない内容です。ですが、改めて「統計」という内容は、非常に日常生活とつなげやすい数学の分野であると感じました。
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岡本 英通(おかもと ひでみち)
1993年生まれ
岐阜県内の公立小・中学校(数学科)を通算で4年間、教諭として勤務
2018年 岐阜大学大学院 教育学研究科総合教科教育専攻 サイエンスコース 数学(修士課程)修了
2023年 カールスルーエ教育大学(原文: Padagogische Hochschule Karlsruhe, ドイツ) 自然社会科学数学科後期課程修了
2023年 博士(哲学)カールスルーエ教育大学
現 職 学校法人大垣総合学園 大垣女子短期大学幼児教育学科 講師
専 攻 数学教育学,創造性・創造的思考,遠隔協働学習
※Padagogische Hochschule Karlsruheの“Padagogische”のはじめのaは上部に‥がついたもの。文字化けを避けるためこの表記にしております。
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