RecNo
|
437
|
資料集名
|
第1集 建物
|
都道府県
|
兵庫県
|
自治体CD
|
128464
|
遺跡ID
|
3101
|
遺跡名
|
東南遺跡
|
遺跡よみ
|
|
所在地
|
兵庫県揖保郡太子町鵤構ノ内/東南佐田
|
東経
|
134.5816944
|
北緯
|
34.83119444
|
標高
|
11から12
|
時期CD
|
|
時期
|
後期
|
土器型式CD
|
|
土器型式
|
縁帯文か
|
資料名称/番号
|
|
資料CD
|
|
資料種別
|
|
資料概要
|
竪穴建物
|
数量
|
1
|
長軸(m)
|
|
短軸(m)
|
|
深さ(m)
|
|
長さ(cm)
|
|
幅(cm)
|
|
厚さ/高さ(cm)
|
|
重量(g)
|
|
材質
|
|
柱穴
|
|
炉
|
|
土器棺
|
|
遺存骨
|
|
副葬品
|
|
出土遺構_層位
|
|
資料備考
|
2G11T。県調査。
|
遺跡の概要
|
竪穴式住居3棟/住居状遺構1基/配石墓1基/土壙墓7基/埋甕5基/土坑/柱穴など(縁帯文か)。土器は北白川上層式1期・北白川上層式2期が多いようである。
|
遺跡の立地
|
林田川東岸の沖積平野にある微高地上
|
遺跡の調査
|
1977・1980年、太子町教育委員会,1978年、兵庫県教育委貝会(調査担当:岡崎正雄・深井明比古),1990年(第8次)、太子町教育委員会(調査担当:三村修次・田村三千夫・海野浩幸)
|
文献CD
|
|
参考文献
|
松本正信,1989,「考古学からみた太子町」,『太子町史第3巻』,。太子町教育委員会,1989,「鵤地区における考古学的調査の概要」,『播磨国鵤荘現況調査報告II』,。三村修次・田村三千夫,1990,「東南・東保・東出地区における考古学的調査の概要」,『播磨国鵤荘現況調査報告III』,太子町教育委貝会。家根祥多,1990,「西日本地区」,『シンポジウム「縄文時代屋外配石の変遷 地域的特色とその画期」山梨県考古学協会秋季大会資料集』,。三村修次,1992,「東南遺跡」,『兵庫県史 考古資料編』,。松本正信,1996,「大地から掘り出した歴史-太子町の原始・古代-」,『太子町史第1巻』
|
|